葬儀

葬儀の一般的な流れ(4)
〜後葬儀~

後葬儀

葬儀の一般的な流れ ~後葬儀~

葬儀について知りたいことの消費者調査では、「葬儀費用」と並び「葬儀の流れ」がトップに挙げられることが多くなっています。
昔は、葬儀は、町内会など地域のコミュニティーが主体となって執り行われていたので、葬儀の流れを知らなくとも葬儀は挙げられました。
しかし、社会構造の変化によって、葬儀も家族・親族中心に執り行われるようになったことにより、知りたいことのトップに挙げられるようになっています。
そこで、葬儀の一般的な流れを以下の4つに分け、ここでは(4)の「後葬儀」について説明します。

葬儀の流れ 後葬儀葬儀の流れ 後葬儀

環骨法要と初七日法要

火葬を終えると、親族は「環骨法要」を行います。
かつては遺骨を家に持ち帰り、中陰檀に安置して行っていましたが、現在は斎場や料理屋を会場に行うことが多くなっています。
現在ではさらに、この環骨法要に加え、本来は亡くなった当日を加え7日目に営まれる初七日法要を繰り上げ、葬儀当日に環骨法要と初七日法要を併せて執り行うようになっています。
初七日法要が繰り上げられたのは、葬儀は死後3日~4日以内に行われるので、7日目にまた親族に集まってもらうのは大変という理由からです。
法要は本来、初七日から四十九日まで7日ごとに行われます。これは、死者は7日ごとに黄泉の王様の審判を受け、生前の罪を裁かれるという信仰があったからです。7日ごとの審判に対して、遺族が死者を応援するために法要を行ったのです。
しかし、7日ごとに法要を行うのは大変なので、一番重要視される最初の初七日と、最後の四十九日の法要が行われるようになりました。
その初七日法要が繰り上げられて葬儀当日に行われるように変化してきたのですが、初七日のみならず、三十五日法要、四十九日法要、百か日法要まで繰り上げる地方や地域も出てきています。

精進落とし

初七日法要が終わると、続いて会食をします。これを関東では「精進落とし」と言います。
「精進落とし」とは、本来は四十九日までは仏式の戒律に則り、慎んで精進した生活を終わりにすることを意味しますが、現在は、葬儀当日に繰り上げて行われます。
それに伴い、この会食の意味も、葬儀が無事に終わったことを会葬してくれた親族に報告し、お礼を述べ、併せて故人を偲んで会食する席という意味に変化しています。
関西では、葬儀が終わったという実感のこもった「仕上げ」という言葉が使われています。また、一般的な法要後の会食を意味する「お斎(とき)」という言葉を使っている地域も多くなっています。
精進落としは、葬儀を行った葬祭会館や料理屋、自宅などで行われます。
自宅の場合も、後片付けがいらない仕出しや弁当を頼むことが多いようです。
僧侶や葬儀を手伝ってくれた人、親族に上座に座ってもらい、喪主や遺族が末席に座ります。まず、喪主がお礼の挨拶を述べ、続いて故人への献杯で会食を始めます。会食終了時にも喪主がお礼の挨拶をして締めます。

遺骨の取り扱い

葬儀が終わっても、遺された遺骨をどうするのかという問題があります。

後飾り

東北地方等では、葬儀終了後にすぐ墓地に納骨しますが、一般的には葬儀の後、遺骨は四十九日まで自宅に置いて弔います。
仏教の場合は、「後飾り壇」という遺骨安置用の祭壇を飾ります。満中陰(四十九日法要)まで飾ることから、中陰檀とも呼ばれます。
後飾り壇には、骨壷、葬儀で使った白木位牌、写真を飾り、花やお供物などを供えます。お供え物は特別な決まりはなく、故人の好きだったものを供えます。
朝夕、祭壇にお参りして、お線香を焚いて、ご飯・パンなど、家族が毎日口にする食事を少量お供えし、共にいただく形にします。お供えしたらすぐ下げて、家族で食べます。
このようなことをするのは、宗派にもよりますが、四十九日の間は、故人の魂は此岸(この世)と彼岸(あの世)の間をさまよっているので、その間は、家族がしっかりご供養して、魂が無事に成仏できるように支えるという意味があります。
また、葬儀の直後はまだ、居なくなったという実感がわきませんが、時間が経過するに連れて寂しさが次第に募ってくる方もいます。毎日お参りして供養することによって、そのショックを受け入れる心の準備が出来てくるとも言われています。

納骨

四十九日の忌明けには、後飾り壇を片付け、白木位牌は寺に納め、お焚きあげをしてもらいます。そして、自宅の仏壇には、白木位牌に代えて塗り位牌を納めます。
仏壇内には遺骨を置き続ける場所がありません。そこで、四十九日の法事は、親戚など皆が集まる機会でもあるし、忌明けを期してという理由もあって、四十九日に納骨することが習慣化しました。
そのため、「四十九日までに納骨しなければならない」とよく言われるようになりました。しかし、法的に期限が定められているわけではありませんので、100か日、1年あるいはそれ以上で先であってもかまいません。

忌中と喪中

身内が亡くなった後には、「忌中」と「喪中」という期間があります。

忌中

死亡から四十九日までの期間を、昔は「忌中」と言っていました。
その期間は、昔は、死者を出した家庭は家に忌(い)みこもっていなければならないとされていました。
それは、死の穢れを外にもらさないようにということと同時に、遺族は死者の弔いに専念して、世の中のいろいろなことには参加しなくても良いということを意味していました。
四十九日を終えると、「忌明け」になります。三十五日をもって忌明けとする時もあります。

喪中

「喪中」は、故人の死を偲ぶために設けられている「喪に服す」期間とされています。
期間は、一般的に1年とされていますが、故人との続柄や地域の風習、各家庭の方針などによっても異なります。
喪中の期間が設けられるのは、一般的には死者を中心に2親等の親族までとされています。本人の両親と兄弟姉妹、それに結婚して新しくつくった家族、配偶者、子、孫がそれに当たります。
3親等以上の親族は喪中としない場合が多いですが、故人との仲が深ければ喪中とするケースもあります。
喪中期間中に正月がくると、年賀状は出さず代わりに喪中葉書を出します。

死に対する考え方の違いによって忌中・喪中に対する考え方も異なり、浄土真宗とキリスト教には、喪中・忌中という考え方そのものがありません。

ABOUT ME
桑原 侑希
桑原 侑希 大手葬儀社にて、10年以上葬儀業に従事し約2000件の葬儀を行ってきました。葬儀のことは勿論、ご葬儀までの終活の相談や、葬儀が終わった後のご供養方法、各種手続きについての相談を受ける内に、その道のエキスパートに。皆さんの葬儀・終活にまつわる「なぜ?」にお答えします。
お葬式ナビ
お葬式ナビで、あなたにぴったりな葬儀社を無料で探してみませんか。
▼詳細はこちら▼