葬儀の役割
「葬儀」とは、狭い意味では「葬儀式(葬式)」を指しますが、広い意味では「葬送儀礼」の略です。葬送儀礼とは、臨終から死後の喪に至るまでの、死別に出会った人たちが営む、葬りや悼むなどの一連の儀礼のことです。
では、葬儀にはどのような役割があるのでしょうか。
葬儀業界には、「葬祭ディレクター」という資格制度があります。その公式テキストである「葬儀概論」では、葬儀の役割として以下の6つを挙げています。
社会的な処理(社会的役割)
私たちは社会の一員であり、一人で生きているわけではありません。
死ぬということは、その社会から消えていくわけですから、社会にその人の死を知らせたり、社会の人々が集まってその死を確認したりする必要があります。
昔は、家族から死者が出たことを社会に知らせることで、遺された家族が地域コミュニティの中で、どのような新たな関係を築いていくのを表すのが葬儀の社会的役割でした。
死亡届を役所に提出し、戸籍から抹消して相続などの手続きを行うのも社会的な処理です。
遺体の処理(物理的役割)
死者の身体は、生命を失うことによって腐敗を開始します。お腹が膨れたり、口から泡を出したりすることもあります。
遺族は、死者のご遺体が腐敗、崩落していくことに耐えられませんし、また、死者の尊厳も守らなければなりません。
そのため、死後数日間でご遺体を土に埋めたり、火で燃やしたりなどの処理を行う必要があります。
死者との決別とは、見える形では遺体との別れです。従って、ご遺体を処理するということは、人との訣別に関わることであり、単なる物理的な処理であってはなりません。
霊の処理(文化・宗教的役割)
人が死ぬと、生きているこの世では、その人と遺された者との関係は閉ざされてしまいます。従って、亡くなった人の霊を、この世(現世・此岸)から、あの世(来世・彼岸)に送り出す必要が出てきます。
私たちは、死者の霊を慰め、あの世での幸せを祈ると同時に、死者と遺された者との間に新たな関係をつくり上げることを迫られます。
このことは、この世の営みを超えるものであるため、宗教などの儀礼を必要とします。
現代では、「無宗教葬」や「お別れ会」も行われるようになっていますが、昔は、この宗教的な儀礼が葬儀の中心をなしていました。
こうした儀礼を行うことにより、遺された者は、死者がこの世の者ではないという死の事実を心に刻むと同時に、死者と遺された者の心的な新たな関係をつくりだします。
人は死んだら、人の「心」の中へ行き、そういう形で死者のいのちは受け継がれていくのです。
悲嘆の処理(心理的役割)
人が死ぬと、まわりの者は悲しみや痛みなどを体験します。特に、家族など大切な人を失うと、身を切り裂くような深刻な痛みなどが生じます。
その深刻な心の痛みを英語でグリーフ、日本語では一般的に悲嘆と言っています。
悲嘆は、心の痛みだけを意味するのではありません。大切な人を失うことによってもたらされる痛みは、ある時は怒り、ある時は無気力、ある時は情緒不安定など、いろいろな形で表れます。
従って、大切な人を失った人がその死を受け入れるには、しばしば長い時間を要し、葛藤を伴います。
葬儀は、その悲嘆の処理のプロセスとしてもあります。臨終の際の作法から通夜、葬儀式などを得てその後の喪に至るまで、長い時間をかけて行われる葬儀の様々な場面は、大切な人を失った人の心のプロセスに沿うものでもあるのです。
さまざま感情の処理(社会心理的役割)
人が死ぬと、さまざまな感情にとらわれます。
かつては、一人の死が新たな別の死を招くのではないかと恐れられていたこともありました。
こうした恐怖感を和らげるために、死者の霊を愛惜する儀礼が必要とされました。
また、死者への愛惜の感情もあったでしょうが、ご遺体が腐敗し、変貌することに対する恐怖感もありました。こうした感情を緩和するためにも、弔いの儀礼が必要とされてきました。
このように、葬儀には死によって引き起こされる恐怖や愛惜などが入り混じった感情を緩和し、処理していく宗教的・超越的機能もあったのです。
教育的機能
人の死を悼んで人々が集まって行われる葬儀は、集まる人々に、生ある人は必ず死ぬべき存在であり、人のいのちの大切さを知らしめます。
そこで人々は、死が周囲の人に悲嘆をもたらすほどの大きな事実であることに直面し、人のいのちの大切さを体験的に教えられるのです。
また、そこで注がれる情愛や祈りを体験することにより、死が終わりや無をもたらすものではないということを学びとります。
昔であれば、自宅で死ぬケースが多かったので、祖父や祖母がどういう形で死ぬか、そのプロセスを見ることができました。
一人の死がまわりの人間にどういう影響をもたらすのか、家族を喪うということはどういうことであるのか、そこに立ち合うことから考え、感じとることができました。死というものを体験し、人間のいのちの大切さを学ぶことができたのです。
しかし、今はその機会が非常に少なくなりました。
死は、観念的にとらえてもなかなか理解できるものではありません。実際の死に出会い、体験することによって初めて、どういうものかを理解できるのです。
私たちは、葬儀という場面に立ち合い、参加することによって、「いのち」について学んでいます。葬儀には、そうした教育的機能もあるのです。
葬儀の原点
少子高齢化や核家族化の進展、単身世帯の増加、高成長から低成長経済への移行など、社会構造の変化に伴い人々の考え方や価値観も変わってきます。
その結果、現代の葬儀は小規模化してきており、最近では儀式を行わない「直葬」も増えてきています。先に述べた葬儀の役割があいまいになり、揺れているのが現状です。
そうした時に大切なのは、原点に立ち返ることです。
葬儀の原点は、次の2点です。
1.死者の尊厳を守ること。
2.遺族の悲嘆(グリーフ)を大切にすること。
葬儀は、特にこの2点のために行われるものです。
【参考文献】
・『葬儀概論』増補三訂(表現文化社)
・『新・お葬式の作法』碑文谷創著(平凡社)